月下星群 〜孤高の昴

    “獅子の上の太公望”
  


釣り好きな人を“太公望”というのは、
その昔の中国で、
それは悪政を行った殷国を滅ぼすべく
立ち上がった武王を助けた軍師さんが。
初めは 世を捨て、餌もつけない針で釣りをしていたところを
武王の父、文王に見いだされた故事を差してのこと。
太公を望んでいたら釣れたという意味だったか、
太公に望まれて釣り上げられたという意味だったかは
ちょっと もーりんの記憶が曖昧なので、
皆様各自で補足するように。(こらこら)




かように…と繋ぐのは ちと図々しいかもしれないが、
釣りというと、辛抱強く引きを待つことを必要とされもし、
勘も知識も体力も勿論必要ながら、
泰然と待っていられる忍耐あってこそ
こなせる代物でもあって。

 「う〜ん、なかなか引かないなぁ。」
 「そだなぁ。」

竿を設置してあとは放っておいていいというものでなし、
魚が食いついた引きへ合わせるコツも要るため、
手ごたえ云々以上に、
海面に浮かぶウキをじっと観察していなけりゃならぬ。
大きな船のそれだけに、
ちょっとした大テーブルほどもありそうな幅の船端へ、
大小の背中がちょこりと並んで座っておいでの構図は
何ともほのぼの可愛らしいものだが、

 「ちょっと意外だわ。」

気が短いとは言わない、
むしろ、食いつかれた側が例外なく辟易するほど
諦め悪くも粘り強い人なのは知っているけれど、

 「冒険でもない挑戦でもないこういうことへは、
  どっちかというと飽きっぽいのじゃあと思ってた?」

当分はこのままでいいと舵を固定したのか、
上部デッキの陽だまりの中へ出て来たナミが、
船端を見下ろしているロビンへと声を掛ける。
数日ほど続くいいお日和の中、
何をいきなり思い立ったものか、
今日は釣りだと勇み立ち、
朝から船端に座り込んでいる
ルフィとチョッパーの二人なのであり。

 「食料に事欠いててのって訳でもなし。
  昨日はブルックも加わって、
  チェスなんだかリバーシなんだか、
  何度も何度も挑戦しては楽しそうに遊んでたのに。」

釣りがスリリングじゃないとは言わないが、
あの大胆不敵なルフィが、
冒険が大好きで
鼻先で何か躍れば あっと言う間に注意を惹かれる破天荒な船長が、
じっと座って待ちの態勢でいなくちゃならない
そんな“釣り”を進んでするなんて。
それって ちょっと意外だなぁと、
そんな彼の予測不能なところに救われもして来たロビンには、
尚のこと、咬み合わないことのように思えたのだろう。
そこを見越したナミがくすすと笑い、

 「まあ確かに、
  あまりにも引きが来なけりゃ、
  すぐにも辞めた辞めたって
  駄々こねるみたいに竿を放り出しもするけどね。」

今だってそれに匹敵しないかというほど、
今日はもう数時間ほども、
同じ態勢で待っている彼だということになるというに。
ゴムゴムのせいか、それともそこは地か、
柔らかな頬へ手のひらをぐぐんと沈めるほどの頬杖をついて、
う〜んむ〜んと唸りつつ、
船の進行によって生まれる流れに引っ張られているウキを
気のないお顔でじぃっと眺めておいでのルフィであり。
何で放り出さないのかしらと、
怪訝に思ってしまったロビンの心境も判るとしつつも、
広げてあったデッキチェアへぽそんと腰掛けた航海士さん、

 「この船での釣りは別物なのよ。」

しなやかな人差し指を立て立て、チッチッチッと振って見せる。

 「???」
 「何が別物だって? ナミさん。」

女性陣への午前のおやつとばかり、
デザートを運んで来たシェフ殿が、
途中から話が聞こえたらしい応じをし。
あれの話よと視線で太公望二人を差すのを見やって、
ああと彼もまた納得する。

 「何と言ってもウソップ特製の万能竿を使っての釣りだし、
  ケイミーちゃんみたいに
  海中の魚との会話まではこなせないにしても
  チョッパーの野生の勘ってのもなかなかに鋭いから。」

何の当てもなく普通に釣り糸垂らすよりは、釣れる確率も高いんだよねと、
にんまり笑った金髪のコックさんであり。
銀のトレイに載せた、それは涼しげなタンブラーに満たした、
サワーゼリーと空色のスカッシュをどうぞと呈しつつ、

 「特に今日は、長旅鳥のニュース・クーが、
  マゼランコイノボタを見たって言ってたらしくて。」

世界政府も公認の記事を満載している、
大きな配信社発行の新聞を配って回る長距離飛行が得意な海鳥さんが、
今朝の新聞とともにそんな話題も落としてってくれたらしく。
鳥の言葉が判るトナカイ船医さんの呟きを拾ったサンジが、

 『マゼランコイノボタっていやぁ、
  元は大きな川で育った淡水魚で、
  今時分の時期に、
  生まれ故郷を離れて
  海へと降りてくる奇妙な回遊魚でな。』

出身地によって食ってるものが違うとはいえ、
そりゃあ長い旅をする魚だから、
身も締まってて、なのに良い脂が乗ってて格別にうまい…と。

 「他でもないサンジくんが太鼓判を押したんなら、
  そりゃあ躍起になって釣り上げようとするわよねぇ。」

それは美味しい御馳走を作るその上、
食材には詳しい彼だから、まずは信頼していいと、

 「そう、そうまでの裏付けもあるんじゃあ。」

そりゃあ長丁場になるだろう釣りにだって
それこそ持ち前の粘りを発揮して打ち込めるというものかもねと、
何とか納得に至ったか、くすすとロビンが微笑ったその拍子、


  「…おおっ。何か手ごたえ違うぞっ!」
  「来たのか、ルフィ?! 大物が来たのかっ?」


船端にいた二人がわあと立ち上がって大騒ぎを始めて、
それを見下ろしていた顔触れのうち、
サンジがまずは、
ジャケットの懐ろからテーブルナイフを掴み出すと、
それをどこかへぶんと投げる。すると、

 「何しやがるかな、このクソコックっっ!」

やや斜め後方から、
柵に斜めに凭れてうたた寝してましたと言わんばかり、
お顔に柵のへこみがくっきりついてる剣豪さんが
がばぁっと立ち上がってわめくのへ、

 「いいから船端まで行って手伝って来い。」

マゼランコイノボタで、
しかもこの“新世界”まで入り込んでるクチならば、
海王類もどきくらいデカい恐れもあるぞと。
船長さんたちが奮闘しているほうを指さして指示し、
自分はといや今出て来たばかりのキッチンへと引き返す。
さっそく捌いて下ごしらえへ取り掛かれるよう、
あれこれと準備にかかるに違いなく。

 「あたしたちも準備にかかる?」
 「うふふ、そうねvv」

手際よく引き上がれば良いが、
もしもバラせばどれほどガッカリすることか。
ナミは船の速度を調節にとかかり、
ロビンはあくまでもそれへの参考にするため、
魚の状況を海面ぎりぎりに咲かせた眸で観察しにかかる。
ゾロのみならずウソップも加わって、
引け引け、いやいや強引はよくないと、
ああだこうだ言いながらの大きな魚との綱引きに、
一気にどっと沸いてるサニー号のデッキの上を、
のんびりと白い雲が横切った夏の海。






     〜Fine〜  14.04.29.


  *そういや、そろそろ誰かさんのお誕生日ですね。
   とりあえず、これは前哨戦ということでvv


ご感想などはこちらへvvめるふぉvv

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